足尾の民話・伝説

昔むかし、勝道上人というたいそうえらいお坊さまがおったとさ。

そのお坊さまは、日光の山々で雨にも負けず、雪にも負けず、それはそれはつらい修行をしておったとさ。ある時、お坊さまの前に粟の穂をくわえた一匹の白ねずみがあらわれたとさ。お坊さまは「このような山奥に粟の穂があるわけがない!」と不思議に思い、白ねずみの足に緒(ひも)を結び放してやったとさ。その後をつけて行くと、やがて静かな山里についたので、そこを「足緒」tp名づけたとさ。それが、今の「足尾」になったとさ。そのとき大黒様と白ねずみを祀ったとされる「波之利大黒天」が今でも赤沢の宝増寺にあるんだとさ。

                                    あしおの民話より 

 

勝道上人というお坊さまが足尾の地に立ち入ったとき、あるところまで来ると川には橋もなく思案にくれてしまったそうな。そのうち浅瀬をみつけると無事対岸に渡ることができたそうな。お坊さまはその地を「渡良瀬」と名づけたそうな。

                                    あしおの民話より

 

昔むかし、足尾の山々は神仏に仕える者たちの修行の場所だったんだとさ。

ある日のこと、そりゃあ美しい巫女がさらに難行苦行に耐えるため細尾峠を越えようとしたんだが、神子内の地蔵坂付近で腹痛を起こしてしまったんだとさ。それで、念願叶わず沈でしまったんだとさ。通りかかった上人はこれを哀れんでこの地に地蔵尊を祭ってとむらったんだとさ。そののち、この坂を地蔵坂・このあたりを神子内(みこうち)というようになったんだとさ。

                                    あしおの民話より

 

備前楯山出身の治部(じぶ)と内蔵(くら)が慶長15年(1610)に銅鉱脈の露頭を見つけ、日光座禅院に知らせたそうな。この山を迎者黒岩山と呼んでおったそうな。そうして、頂上に行く付近は丸石沢の魚の沢と言われ岩魚がたっくさんとれたそうな。それから時を経て明治になり古河市兵衛が根利林業所(群馬の村)へ鉄索工事のためにこの場所に行ったんだとさ。そこで、舟の形をした石を見つけて「魚がいないのに魚の沢ではのう!?いっそのことこの地にちなんで舟石とよんだらいかがかのう?」と言うわけで舟石と名がついたそうな。

                                    あしおの伝説より

 

昔むかし、ある日庚申山に出かけた猟師が吹雪きにあってしまったんだとさ。うっかり谷底へ落ちてしまい、崖を登ることもできなかった。そのとき!!年老いた一匹の大きな猿が現われたんだとさ。そこで、猟師は大きな猿に助けてくれてくれたらワシの娘を嫁にやってもいといって助けをこいたんだとさ。すると大猿は、仲間を使って猟師を崖から助け出し無事家に戻ることができたんだとさ。だけんども、猟師は猿との約束に悩みに悩んである日娘たちに事の真相を話したんだとさ。長女も次女もいやだいやだと叫んだが、末娘はお父の話に泣く泣く行くといって庚申山に向かったんだとさ。しばらくして、猟師が庚申山に行くと大猿のそばに寄り添う一匹の猿を見ておらが娘だとすぐに分かったんだとさ。

                                     あしおの民話より