古河足尾歴史館

足尾銅山は、1610年足尾の農民である治部(じぶ)と内蔵(クラ)が銅鉱脈を発見し江戸幕府の御用銅山として開発されていきました(二人の生れた国の名前を取って『備前楯山』と名付けられています)。その後1877年古河市兵衛が銅山を買収、経営に着手し、当時の欧米の最先端技術・手法による鉱源開発を行った結果、1884年に本山坑で大直利(富裕な鉱床)を発見することに成功し、以降急激に発展しました。”すべては鉱山から始まった”古河機械金属にとって原点と言える場所・・・それが足尾銅山です。----ホームページより---

https://www.furukawakk.co.jp/ashio/ashio